TL;DR









数をゼロで割ってはいけないというのは実数体としての要請
→ 数をゼロで割ると矛盾するという議論は,要請を反証しようとする無意味な試み
我々は,計算の"都合の良さ"から選択的にゼロ除算を定義していない
完全な分配律などを犠牲として,ゼロの逆元を定義した代数的構造も存在





序章











私は現実世界では高校生というものをプレイしているのですが,最近学校で先生に「数をゼロで割ってはいけません」と注意されてしまいました。しかし本当にそうでしょうか?数をゼロで割ってはいけないのは,一体何故なのでしょうか?

小学校では「いくつかのお菓子を0人で分けることはできない」から,数をゼロで割ってはいけないと習います。また中学校では,数をゼロで割ったものを仮定すると,数学的な矛盾が生じるので数をゼロで割ることはできない,と習います。

さらに一歩進んで高校では,関数 $ y=1/x $ の $x=0$ 近傍に関する極限の議論を持ち出して,この関数は $x=0$ で非連続であるため定義されていないと習います。

本記事では,これらの議論を土台として代数学の視点からゼロ割りの操作を眺め,さらにゼロ除算が定義された代数的構造「Wheel理論」を紹介します。




小・中学校の議論









小・中学校では,割り算が掛け算の逆操作としての性質を有していることを根拠に,ゼロで割ることの「おかしさ」を説明します。

まず割り算の定義に立ち返ってみると,そもそも数aをbで割るとは「$b * c = a$を満たす未知変数 $c$ を求めること」です。つまり,式 $ a \div b = c $ に対して,割り算の性質から常に $ b * c = a $ が成り立ちます。

ここで例えば $ a = 1, \ b = 0 $ として $ 1 \div 0 $ を計算すると,$ 0 * c = 1 $ となります。しかしどんな実数 $ c = 1, 2, .. $ を代入してもこの式は成立せず,解cが存在しない,または一意に定まりません。したがって,数をゼロで割ることはできない,ということです。

しかしよく考えてみると,この議論は意味がありません。まず大前提として,私たちはゼロで割る操作を定義していないからです。より厳密には「実数体*の要請として,ゼロの逆元を定義していない」ためです。

*実数体とは,簡単に述べると「実数全体の集合と一定のルールを備えた構造」のことを言います。実数体は,私たちが日常的に使っているすべての実数(整数,小数,無理数などを含む)の世界です。この世界では,足し算,引き算,掛け算,割り算(0以外)といった演算が自由にでき,しかも数直線上で大小関係がきちんと定義されています。

実数体における除算「÷」は,形式的には以下のように表記できます。

$$\div : \{(x,y)\in \mathbb{R}^2 \mid y \neq 0\} \to \mathbb{R},\quad(x,y) \mapsto \frac{x}{y}$$

上記の $a, b, c$ は暗黙的に実数,つまり実数体の要素ですが,実数体はゼロの除算を定義から省いています。つまり,そもそも除算操作の定義域にゼロが含まれていないため,要請と矛盾する $ b = 0 $ を仮定することができません。



以上のように,小中学校での説明は「割り算の定義を今まで通りに適用して成り立たせようとしたら矛盾する」という例示であって,メタ的な背理法による「実数体の公理に加えてゼロに逆元があるという仮定を同時に満たす系は存在しない」ことの証明に他ならないのです。これは,ゼロで常に除算ができない証明ではありません。

この立場に立つと,「数をゼロで割ると矛盾する」という命題は例えば「二直角の和は180度になる」等の命題と同種のものです。なぜ三角形の内角の和は180度なのか?と問われても,これは平行線公準と呼ばれる公理から帰結されるものであり,平行線公準を認めないような球面上の幾何学(リーマン幾何学)も存在します。



したがって,「他の"気に入っている性質"を何かあきらめる覚悟が必要」という条件の下で,公理系そのものを変えた"もう一つの世界"を作り,その世界で自由に数をゼロで割ることができます。つまり,数をゼロで割ることは,憲法で保障された「思想・良心の自由」に基づく私の権利なのです(!)




Wheelの定義と計算規則









ゼロ除算を定義するための基本的なアイディアは以下の3つです。分数 a/b を a·/b と書き直し,「逆数 /b」は常に定義される単項演算とする
0/0 専用の底要素 ⊥ (bottom) を追加して,常に ⊥+x=⊥ が成立するようにする
乗法の可換性は維持するが,分配や0の吸収性を弱めて整合性を確保する


これらに基づいて,J. A. Bergstra氏やJ. Carlström氏が提案した,体や環とは全く異なる「どんな a, b にも a/b を計算できる公理系」がwheelです。

wheel(ホイール; 日本語で"輪"ということもあるみたいです)は,集合 $W$ と定数 $0, 1$,二項演算 $+, ·$ および単項演算 $/$ を備えた代数系です。形式的には,通常の群 $ (G,⋅) $ や環 $ (R,+,⋅) $ に対して,$ (𝑊, 0, 1, +, ⋅,/) $ と記載します。wheelは,以下を満たします。

(+ , ·) はともに可換・結合的で,単位元は $0$ と $1$ (加法モノイド + 乗法モノイド)
/ は involution (2回適用で元に戻る): $//x = x$
/ は乗法的: $/(xy) = /x /y$
弱い分配法則: $(x+y)z + 0z = xz + yz, \ (x+yz)/y = x/y + z + 0y$
0に関する規則: $0·0 = 0, \ (x+0y)z = xz + 0y, \ /(x+0y) = /x + 0y$
加法吸収元(どんな数を足しても自分自身に戻る要素): $0/0 = ⊥, \ 0/0 + x = 0/0$


注意すべき点として,$0x=0$ や $x/x=1$ は公理ではありません。つまり,$0x$ は $0$ とは限らず,また $x/x = 1 + 0x/x$ であるため,$x$ によっては $x/x$ が $1$ になりません。

これらの公理から,更に以下の性質を導くことができます。$0x + 0y = 0xy$
$x - x = 0x^2$


※ここで $-x$ は $(-1)·x$ であり,$-1$ は $1 + (-1)=0$ を満たす元です。

以上のようにして,ある数にゼロをかけてもゼロになるとは限らない,分母と分子が同じでも $1$ になるとは限らない,ある数からそれ自体を引いてもゼロになるとは限らない,等の通常の実数体とは全く異なる性質を持ちながらも,厳密な整合性を持ったゼロ除算を含む代数的構造を定義することができます。




Wheelの計算例









ここでは,整数から作るfraction wheel(分数輪)における計算例をいくつか示します。以下,要素を有向ペア [p,q] で表します。これは分数 $ \frac{p}{q} $ とほとんど同じ意味ですが,qは0を取ることができます(つまり分母にゼロがあっても良い)。

加法: $ [p,q] + [r,s] = [ps + qr, qs] $
乗法: $[p,q]·[r,s] = [pr, qs]$
単項 /: $/[p,q] = [q,p]$


通常の分数同士の計算は,今まで通りに行うことができます。

$ [1,2]+[1,3] = [1⋅3+2⋅1,2⋅3] = [5,6] $$ [7,1]/[2,1] = [7,1]⋅/[2,1] = [7,1]⋅[1,2] = [7,2]$

これらは通常の分数計算 $ \frac{1}{2} \div \frac{1}{3} = \frac{5}{6} $ や $ \frac{7}{1} \div \frac{2}{1} = \frac{7}{2} $ と同一です。

また,分母にゼロを取ることができるので,いわゆる $\frac{5}{0}$ は以下のように表せます。

$ [5,1]⋅/[0,1] = [5,1]⋅[1,0] = [5,0]$

さらに加法吸収則 $0/0 + x = 0/0$ に対応して,無限大同士を足すと $⊥$ に潰れます。

$ [5,0]+[3,0] = [5⋅0+0⋅3,0⋅0] = [0,0] = 0/0 = ⊥ $

分母が非ゼロの部分環 $𝑅∘$ では従来どおり $x-x=0$ ですが,以下のように,分母がゼロである場合はある数から同じ数を引いてもゼロにならないことがあります。

$ [5,0]+[-5,0] = [5⋅0+0⋅(-5),0⋅0] = [0,0] = ⊥ $

wheelの面白い性質として,分母のゼロを許容したことにより,無限大同士の積を計算できるようになりました。例えば $ \frac{1}{0} * \frac{2}{0} $ は,

$ [1,0]⋅[2,0] = [1⋅2,0⋅0] = [2,0] $

となり,$ \frac{2}{0} $ として一意に定まります。




おまけ: Wheel対応の電卓 (多分世界初)









以下の入力欄に [a, b] {演算子} [c, d] を入力すると,wheel上で計算ができます。分母がゼロであってもエラーにはならず,計算規則に基づいて値が決まります。

[,][,]










最後に









以上のようにして,普段の実数の世界とは全く異なる性質を持ちながらも,全ての数による割り算が計算できる世界を構築することができました。

冒頭と同様ですが,つまり,数をゼロで割ってはいけないというのは実数体としての要請
→ 数をゼロで割ると矛盾するという議論は,要請を反証しようとする無意味な試み
我々は,計算の"都合の良さ"から選択的にゼロ除算を定義していない
完全な分配律などを犠牲として,ゼロの逆元を定義した代数的構造も存在


であって,数をゼロで割る行為は「数をゼロで割れるような系を採用します!」という意思表示であり,これは憲法で保障された「思想・良心の自由」に基づく私の権利なのです。そういう訳で,某K先生は数をゼロで割った私の答案を〇にしてください....(内輪ネタですごめんなさい)。最後までご覧いただきありがとうございました!




参考文献









1. Carlström, Jesper. “Wheels — On Division by Zero.” *Research Reports in Mathematics* 11, Stockholm University, 10 Sept. 2001, https://www2.math.su.se/reports/2001/11/2001-11.pdf

2. Bergstra, Jan A., and Alban Ponse. “Division by Zero in Common Meadows.” *arXiv* 1406.6878 \[math.RA], 26 June 2014 (rev. 22 Mar 2021), https://arxiv.org/abs/1406.6878

3. “Division by Zero.” *English Wikipedia*, retrieved 13 Jun 2025, https://en.wikipedia.org/wiki/Division_by_zero

※日本語版のWikipediaは情報が薄いので,英語版の閲覧を推奨します。