
内容
最近「大人にはなりたくない,一つも良いことが見つからない」― という,何かの曲の,どこかの歌詞にとても共感した。
本来,大人になるという行為は「めでたく成るもの,成長のあかし」であったはずが,近代に入ってから年齢の区分ごとに社会的役割が固定化され,人々が教育によって"世間の平均"を知ることで,大人になるという行為が"外来的"つまり"誰かに言われて仕方なくなるもの"に姿を変えてしまった。大人になりたいからなるのではなくて,大人にならざるを得ないからなる。誰かに求められて,期待されて,あるいは人や制度に押し付けられることによって,はじめて大人になる。もはや大人になるという行為は成長のあかしなどという生易しいものではなくて,いつの間にか,無意識に「させられるもの」に変わってしまった。悲しいね。
つぎつぎとなりゆくいきほひ,という言葉があるように,受動的に大人になるという行為は日本人が大好きな「無難」な選択なのかもしれないが,少女趣味を拗らせてばかりの私には残念ながらそれが似合わないようだ。
また厨二病患者と言われてしまいそうだな….。でも症状は悪化の一途。自己愛に溢れた空想が好きなのは,ずっと変わらない。大人になれそうにはないな。大人になっても一つも良いことがないし….。と17歳の戯言。