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最近,久しぶりにアニメ「ドラえもん」を見た。私が昔見ていたものとは少々違っていた。なんとなくドラえもんが,2020年頃から急に幼児向けに方向転換した気がする。

いまは私自身が,気づけば高校生になり,精神的に成長して一般教養とされる知識を多少なりとも得たために,アニメを見る視点が変化して経験に照らし合わせるような分析的観察になっているというバイアスもあるかもしれない。

ちょうど数日前に公式チャンネルに上げられた「【ドラえもん】だせば当たる!! けん賞(しょう)用ハガキ《公式》」という動画があったので,もし "現在のドラえもん" がどのような風貌なのか気になればぜひ見ていただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=stpBe9ZtcfI

特に顕著な差異は,

感情表現と物語の因果関係が(不自然とも言えるほど)明快になった。
強調エフェクトや効果音が動画編集ソフトにあるテンプレみたい。アニメ特有の作画やリアリティが薄い。
過剰な語彙の解説,ストーリーと無関係に視聴者に語り掛けるような不自然な独り言。
物語のオチが単純で「学び」や「メッセージ性」が皆無。思考を放棄させるような「垂れ流しのエンタメ性」が強い。
コンプラ規制を意識しているのか,のび太によるセクハラやジャイアンの暴力的シーンが少ない,または過度に抽象化されている。


などなど。よくよく観察すると,枚挙にいとまがないほど変わっている。

単純に良し悪しで二分できるものでもないし,もはや高校生ともなり対象年齢から外れた外野の私が指図できるものでもないが,私は小さいころに,ドラえもんの影響を多かれ少なかれ受けていて,少し背伸びした言葉遣いやら表現から色々なことを学んでいるということは述べておきたい。

きっと私が機械いじりに興味を持ったのもドラえもんのせいだろうし,いまWinDbgを片手にKMDF開発をしているはるか根底には,機械を完全に分解して自由自在に設計したいという深層意識があるのかもしれない。

小学生の頃のノートには "ドラえもんの設計図" やら "機械の分解図" やらが大量に残されている。ひみつ道具のアイディアもたくさん考えた。日常を観察して,どんな道具が欲しいかを書き連ね,そのひみつ道具がどのようにすれば実現できるかも(小学生なりの奇抜ながら非現実的なかわいらしい発想で)必死に自由帳にメモした。

私は2008年生まれであるため,2005年に声優や製作スタッフが総交代する以前の大山のぶ代時代を知らないが,その頃から視聴者からしてみれば,現在のさらに大きく変わっているように見えるかもしれない。それとも,このように「ドラえもん」の変化を感じているのは,私だけなのだろうか。