【暗号無政府主義】クリプトアナーキスト宣言を読もう!
最終更新 2023/09/01 20:22
本記事では、暗号を用いて自由を得ようとする政治的イデオロギー「暗号無政府主義」について高校生の私が解説させて頂きます。
記事内では、可能な限り中立的な語彙を用いることを意識していますが、何を伝える価値があるとみなすか、あるいは、誰の文章を引用するのかといったことさえもが政治的判断であり、完全に中立的な文章は存在し得ないことをご承知おきください。
また、本記事は一定レベルの有識者をターゲットとしており、一切の技術用語などに注釈はつけておりませんので、必要に応じて検索を行って下さい。
暗号無政府主義とは
近代では、戦争やコンピューターの発展を通じて、数学に基づいた絶対的安全性を持つ暗号技術が大きく進歩しました。 私たちの身近な例では、HTTPSやWSS、SFTPなどが挙げられ、これらはSSL/TLSの規格に基づきデータ通信内容が共通鍵で暗号化されています。
さて、暗号化技術が私たちの日常においてプライバシーや匿名性に寄与していることは明らかでありますが、社会全体に対してはどのような影響をもたらしているのでしょうか。
数理論理学の帰結する普遍的な数学的根拠に基づいた暗号は、時に社会や政治を変革し、あるいは極めて民主的な秩序を与えることがあります。
これは即ち、世界中の誰もが「数式」という人類共通の言語を使って、与えられた計算に対して最終的に一定の結論へと達することができるため、 情報の媒介者は、途中で計算を与えた人物の「言葉」を検閲することができないという事です。
あるいは、簡潔かつ具体的に「強力な暗号の登場によって独裁的な国家が国民の言論を統制することが困難となった」と言い換えることもできます。
とりわけ、暗号化ソフトウェアを用いて情報通信の機密性や安全性を高め、自由を得ようとする政治的イデオロギーは、暗号無政府主義(Crypto-anarchism/cyberanarchism)と呼ばれます。
クリプトアナーキスト宣言
暗号無政府主義の基礎は、ティモシー・C・メイによる「クリプトアナーキスト宣言(1988年)」(The Crypto Anarchist Manifesto)で確立されました。
クリプトアナーキスト宣言の原文はこちらで読むことができますが、本記事では1997年のYAMANE Shinji氏による日本語訳を掲載します(public domain)。
From: [email protected] (Timothy C. May) Subject: The Crypto Anarchist Manifesto Date: Sun, 22 Nov 92 12:11:24 PST
クリプトアナーキスト宣言
ティモシー C. メイ <[email protected]>
妖怪が近代世界に出没している。クリプトアナーキー(暗号の無政府状態)という妖怪が----。
コンピュータテクノロジーのおかげで、個人や集団に、完全に匿名の方法で相互通信し対話する能力がもたらされようとしている。 あらゆる人物どうしで、お互いの「真の名前」や法的身分証明などを知ることなしに、メッセージを交換し、ビジネスを行い、電子的に契約を取り決めてることができるのだ。 いくつものネットワークを介した対話は、暗号化されたパケットの多重ルーティングと暗号プロトコルを実装した不正操作防止ボックス(あらゆる不正書き換えにほぼ完全に耐えうる)を介せば、探知されないだろう。 そして、「評判」こそが一番重要になる。そしてその「評判」は、普通の商取引の信用評価は現在よりもはるかに重要なものになるだろう。 ここで問題にしている技術の進歩進歩によって、政府の規制・課税・経済活動の管理監督・そして機密保持能力の性質は完全に変わってしまう。 そして「信用」と「評判」の性質さえも変えてしまうだろう。
この革命(社会的な革命であると同時に経済的な革命になるに違いない)のための技術は過去10年来、理論上だけのものだった。 すなわち公開鍵暗号・ゼロ知識対話式証明システム、そして対話・認証・証明のための幾多のソフトウェアプロトコルといった方式である。 いままではこの技術の中心は欧米の学術会議であり、会議は国家安全保障局(NSA)に綿密に監視されていた。 しかしようやく最近になって、コンピュータネットワークやパーソナルコンピュータがこのアイデアを実際の装置として具体化させるのに充分な計算速度を獲得した。 そしてこの先の10年の計算速度の向上によって、このアイデアは金銭的に実行可能で、本質的に阻止不可能になるだろう。 現在開発されている高速ネットワーク・ISDN・不正操作防止装置・スマートカード・通信衛星・マイクロ波中継装置・何MIPS(百万命令数/秒)のパーソナルコンピュータ・そして暗号化チップがその機能を付与する技術になるだろう。
政府は当然、国家保障の不安・麻薬売買や税金逃れの為の使用・社会崩壊の危険性を引き合いにだしてこの技術の普及を遅らせたり阻止しようとするだろう。 これらの懸念の多くは正当なものだろう - つまり暗号の無政府状態は国家機密を自由に流通させ、禁制品や盗品を流通させるだろう。 コンピュータ化された匿名の市場は強奪や暗殺のための忌まわしき市場を作りだしかねない。 多くの犯罪者や海外の犯罪的構成分子は暗号ネットの積極的な利用者になるだろう。 しかしこれは暗号の無政府状態の普及を止めはしない。
まさに印刷技術が中世のギルドや社会的権力構造の力を変革し、ひきずり降ろしたように、暗号もまた経済的取り引きに対する企業や政府の干渉の本質を根本的に変革してしまう。 暗号の無政府主義は新しく生まれた情報市場と結合して、言葉や画像のあらゆる素材の流動市場をつくるだろう。 そして、まさしく有刺鉄線のように一見とるにたらない発明が広大な牧場や農場を囲みかねない - たとえば、フロンティアの西部における国土と所有権についての概念を永遠に変えたように。 ならば、数学の難解な一部門から出た一見とるにたらない発見も、知的所有権をとりまく有刺鉄線を取り去るような鉄線ばさみにだってなるかもしれないではないか。
立ち上がれ、君をとりまく有刺鉄条網のほかに失うものはないのだ!
-- .............................................................................. Timothy C. May | Crypto Anarchy: encryption, digital money, [email protected] | anonymous networks, digital pseudonyms, zero 408-688-5409 | knowledge, reputations, information markets, W.A.S.T.E.: Aptos, CA | black markets, collapse of governments. Higher Power: 2^756839 | PGP Public Key: by arrangement.
以上が、クリプトアナーキスト宣言の日本語訳となります。
今から35年前、まだGoogleもAmazonもTorも存在していない時代に、暗号が社会にもたらす変革を予測しているというのですから、こちらの文章には大変驚かされます。
一段落目で述べられている「あらゆる人物どうしで、お互いの「真の名前」や法的身分証明などを知ることなしに、メッセージを交換し、ビジネスを行い、電子的に契約を取り決めてることができるのだ」という文は、 今となっては誰とでも匿名でSNSを通じて連絡を取り合い、クラウドで電子署名して契約を行うことが常識となっているために、あまり違和感を持たないかもしれません。
また、「信用」と「評判」は現在のAmazonのレビュー機能や、Silk Roadと呼ばれるかつてダークウェブ上に存在した闇市場サイトにも通じる言葉です。 あるいは、広義に解釈すれば、最近何かと持ち上げられる話題の技術「ブロックチェーン」における"信用"も含まれるかもしれません。
二段落目以降に述べられる「暗号の無政府状態の普及」は、宣言通りに暗号化が急速に広がり、現在ではWebの通信にはほとんどHTTPSが利用されています。
ティモシー氏が述べる"暗号による革命" は、2000年代に入ってから多くの人が知らない間に急速に進行し、その裏ではNSAや政府機関が"戦っていた"、あるいは"今まさに戦争中"であるのかもしれません。
まとめ
本記事では、暗号を用いて自由を得ようとする政治的イデオロギー「暗号無政府主義」について解説させて頂きました。
暗号無政府主義の思想には現在のインターネットにも通じる概念が多く含まれており、本記事を通じて「暗号が革命を起こしている」という意味を理解して頂けましたら幸いです。
最後までご覧いただき有難うございました。